特にこれといったことは何事もなく、日々を過ごして。
だが異変は確実に、起きていた――。
「山本、数学貸してくれないか」
「ん? ああ、ほらよ」
いつの間にかこのクラスに借り物に来ることが
当たり前のようになっていた船橋が、
また今日もやってきた。
そうは言っても基本的にしっかりしている性格だ、
度々というほどではないのだが。
軽く中を覗いた船橋に、山本は窓越しに教科書を手渡す。
受け取る船橋は礼のようにそれを持つ手を小さく上げ、そのまま立ち去ろうとした。
しかし。
「今日は井上じゃないんだ?」
岡崎の声が、彼を引き留めた。
「それがどうかしたか?」
「いや? なんとなく思っただけ」
これまで大抵は早苗に物を借りていたのだ、
それが急に山本に、である。
不自然に思うのはおかしなことではなかったが。
「なんか言い方にトゲないか?」
「そんなことないけど?」
「そうか?」
船橋の眉がぴくりと動き、わずかだけひそめられた。
いつもはただあっけらかんと明るいばかりの岡崎が、
本人が否定したとしても、
それらとは明らかに違う口調、雰囲気だと感じ取れる。
「あ、ほら船橋。もうすぐチャイム鳴るぜ?」
二人の間に流れる不穏とは言わないまでも常とは違う空気に、異変を察した山本が腕時計を示した。
「ああ、そうだな。じゃあそろそろ戻るわ」
「おう。今日はもう数学ないから放課後でいいからな」
「りょーかい」
言うと船橋は、笑って隣の自分のクラスに戻っていった。
それを無言で見送る岡崎の様子に、山本は内心でため息を吐いた。
二人の間に何が起きたのか知らないが、
仲がこじれると何をするにもやりにくい。
……なんともならなければいいのだが。
CLAP*