「ちょっといいか?」
部活終わり、制服へと着替えている最中に、
岡崎が船橋に声を掛けた。
周囲は部員たちで溢れるほどだったが、
それぞれ話をしていたり
練習中の反省などをしているのか、
彼らを気にする者はない。
予感でもしていたのか、あっさり頷いた船橋を確認すると、岡崎は更衣室から出ていく友人の腕を掴んで笑った。
「千葉、オレたちちょい寄るとこあるから先帰っといて」
「は?」
「オレと船橋、今日はお前らとは別に帰るから」
言うが早いか千葉の返事を待たず岡崎は歩き出す。
後を続く船橋が小さく手を上げて
すまなさそうにはするものの、
彼もまた岡崎を追って離れていった。
校舎にはもうほとんどひと気はなくて、二人は昇降口横に着くと互いを向き合うでもなく口を開いた。
「……船橋」
名前を呼ぶ。どちらも目を合わせようとはしない。
「最近井上が来ないのって、なんでか知ってるか?」
「教室で見てるからだろ」
「それは知ってるけど」
夏から秋に移り変わり、寒くなってきたからと、
本人に聞いた時にそう言われた。
担任教師の許可も取ってあると。
だからそれについては、岡崎も納得したのだが。
「あいつ身体そう強くないはずだし」
「じゃなくてっ!」
望むものではない回答を口にし
それを続けようとする船橋に、岡崎は思わず声を荒げる。
掴みかかりはしない。ぐっと手を握り締め、
強い瞳で睨むように見上げる。
「なんで井上は一緒に帰らない? なんでオレたちを避ける?」
教室ではいつもと変わらない早苗。言葉を交わしても、笑いかけても、至って普通に微笑んで。
それでもどこか違うのだ。そう思えてならないのだ。
仲のいいイトコだったはずの船橋と一緒にいるところを最近見ていないし、たまにでも話している気配さえない。
――“あの日”から。
「……違うんだろ」
あの日、から。
彼も、彼女も、変わって。
何でもない様子を態度を貫くなら、
それに合わせようと思っていた。
何も知らないと振る舞おうと思っていた。……だが
変わってしまったから。
岡崎はまっすぐに目を見つめる。
「オレたちじゃなくて、お前を避けてるんだろ。お前も気まずくて顔合わせらんないんだろ」
「な……に言ってんだか」
「お前こそ、動揺しながら何言ってんだよ」
平静なんて保てていない船橋。
繕おうとしているのだろうが、
目の奥が揺れているのが岡崎にはわかって。
「……オレ、見てたんだよな」
ぽつりと、呟いた。
あれは、彼女が部活での練習の様子を教室から見てみると言った日のことだった。
「お前が来るの遅かったあの日」
グラウンドから視線をやると、確かに彼女はそこにいて。次に見た時には船橋が横に並んでいた。
「見えてたんだよ。……見間違いか何かかもしんないって、思ったけど」
思わず目を逸らしたから、その後のことはわからない。
しかし彼らのその後を見ていたら……。
「……なあ、船橋」
持ちたくはなかった確信のようなものを、持って。
岡崎は、言う。
「井上にキスしたんだろ」
「………」
「井上の反応は見えなかったから、無理矢理だったかとか嫌がってたかとかわかんねーけど、でも井上が避けてるみたいなのってそれが原因じゃねーの?」
岡崎の口調が知らず強くなる。船橋は岡崎を見ない。
黙ったままの船橋に、岡崎は苛立ちを募らせる。
「なんとか言えよ」
言い争いがしたい訳ではないのだが、
苛立ちから声に問い詰めるような響きが含まれる。
船橋は顔を歪め、彼もまた苛立ちに突き動かされるように口を開く。
「……あいつが、あいつが楽しそうにお前見て嬉しそうにお前のこと話すの見てたら、我慢出来なかったんだよ」
吐き捨てるように。
それは、彼自身、自ら望んでとった行動ではないと、言外に語っていた。
奥歯を噛み締める船橋は、その時の感情を、思い出す。
「あんなこと、するつもりなんてなかった……!」
「そりゃ、お前がわざとそんなことするようなやつじゃないとは、思ってるけど……」
「傷つける、つもりなんて……」
昔から、早苗は彼にとって、
イトコであり友人であったから。
彼女に対し、こんな感情を抱くようになったことに、戸惑いを抱き、どうすればいいかわからず、そんな自分を持て余していた。……そんな時に、自分以外の人間に対しての好意を見せられて。
「自分でも、わかんねーんだよ」
「船橋……」
CLAP*