scene35

 変化なんて求めていないのに、時間は止まることを知らなくて。
 これまで無縁だった居心地のよさを手に入れた気がしていたのに、それは手のひらから零れていくように。

 ……現実は移り変わっていく。
 知らず、知らず――。


「また明日ね、早苗ちゃん」
「うん、また明日〜」

 六時間の授業を終えて、綾菜は部活に向かい、早苗は今週当番の回ってきていた掃除のために数人のクラスメートと一緒に残った。
 掃除当番は週ごとに替わり、回っていく。早苗の班が今回当たっているのは自分たちの教室だったから、早苗は教室の後ろ側にあるロッカーから用具を取り出しに向かった。

 廊下からは帰宅する者や部活に向かう者、元気な足音がしたかと思ったら、走る生徒に注意をする教師の声などがざわめきとなって聞こえてくる。
 掃除をしているクラスメートもお喋りをしながら、 目立たない程度にちょっと手抜きに床を掃いては拭いて。作業をしていく。 真面目にしている者なんて、 きっとどのクラスだって班に一人いるかどうかくらいだろう。

「あれ?」

 掃除も終わり、帰宅か部活か知らないが みんなそれぞれに出ていき誰もいなくなった教室。 閉められずに開けっ放しになっていたドアからの 不意の声に、早苗は振り返った。

「あ、ナオ」
「何やってんだ?」

 彼もまた掃除終わりなのだろうか、 ドア横の柱に手をかけて中を覗いた船橋は、 教室に一人残っている早苗に訝しげな目を向けていた。
 そんな彼の様子を見て、 何かあった訳じゃないと安心させるように笑う。

「そろそろ寒くなるでしょ? だから教室から見えないかなって」
「ふーん。で、見えるのか?」
「見えるよ〜」

 笑って早苗は窓の外に視線を移す。 教室の窓はグラウンドに面しているため、 部活に励む姿がよく見える。
 とは言っても、野球部の使用している場所は、すぐそこ、という訳ではなくて。
 船橋が教室に入ってくる気配を感じて早苗は話を続けた。

「でもやっぱりちょっと遠いね」

 見慣れた光景より幾らか小さく、離れた場所で集まっている姿が見えていた。今まで見ていたそれに比べると、その距離を感じる。

「そりゃそうだろ。外とこっからじゃあな」
「そうだよね」

 外ならばフェンス越しという近さであるのに対し、教室からではどうすることも出来ない距離が出来る。当たり前のことだ。
 それでも、早苗の目は一人の姿を捉える。間違えようもなく、確かにその人を。

「早苗?」

 視線を外に向けたまま小さく笑みを零すから、隣に立って並んだ船橋は彼女を見下ろした。






CLAP*