「大丈夫!?」
視界が色褪せて色彩を失う。はっきりしているのは黒だけ。
声が聞こえているのはわかるのだが、
早苗には反応をする余裕などなくて。
バランスを崩すようにしゃがみこんだ早苗に、
近くにいた綾菜と市村は慌てる。
「だ、誰か呼んだ方が……っ?」
「早苗ちゃん、動ける?」
応援合戦のために集まっていたグラウンド内側から
退場していく生徒たちの中、
倒れるようにして動かなくなってしまった早苗を
せめて違う場所に避けさせようと綾菜は軽く手を引いた。
「ごめ……」
動こうとはするものの、力が入らなくて、
身体が重くて、なかなか動けない。
「貧血?」
ぐ、と腕を掴まれて引き上げられ、よろりと倒れ込む。
「そうみたい」
「俺が連れてくよ。お前らは席に戻っててくれ」
「う、ん……」
「ん、お願いするね」
思考が働かなくて、早苗はただされるままになるしかない。
身体を支えてくれる腕に頼るしかなくて、縋るようにして歩く。
「ほら、こっち」
「うん……」
促されて腰を下ろす。パイプイスの感覚に、そこでテントの下に連れてこられたのだと知る。
「他にも貧血とか日差しにやられたやつ多いんだな」
「そうなの。その子、君が見ててもらえる?」
「ああ、はい」
早苗の視界はまだはっきりしない。
似たような生徒がこの場には何人もいるのだろうか。
近くで交わされる会話を、
少しずつ聞き取れるようになってくる。
視界も徐々にクリアになってきて。
「井上? 大丈夫か?」
屈んで目線を合わせて覗き込む顔に、
それが誰だか理解して。
早苗は思わず顔を背けた。
「……ま、さっきよりは回復してきたみたいだな」
いきなりの態度に苦笑しながら立ち上がる姿に、早苗はためらいがちな視線をそっと向けた。
「あの……ごめんね、笹木くん」
「いいって、体育委員なんて体育祭は雑用係みたいなもんだし」
「……ん」
笹木はグラウンドの方を見るようにして明るく笑う。
しかしそれとは逆に早苗は俯いて動かないから、
笹木は下を向く彼女には見えないように
立ったまま困った顔をした。
「井上」
頭上から掛けられる、自分に向けられた名前を呼ぶ声。
早苗は応えるように顔を上げるが、
平常心でいられていないのはきっと丸わかりだ。
「そんな意識しないでくれよ」
そうは言いながら、こんな態度にさせているのは
自分なのだから無理な話かと、笹木は自嘲する。
「……せめて避けないでほしい」
「ごめ……っ」
「ごめんはこっちもだから」
苦笑する笹木を早苗が見上げて、少し、少しだけ、
微笑んだ。華やかでない笑顔が、
笹木をどこか穏やかな気持ちにさせた。
――だから、特別でなくても傍にいられたら。
「俺はもう気にしないからさ。井上も普通にしてくれって」
「笹木くん……」
「友達でいてくれないか?」
それでもしばらくは互いに辛いかもしれないが。
一歩一歩、改めて友達に。誰よりも友達になろうと、
……そう、なりたいと笹木は思って。
「な?」
「……うん」
その後は、学年ごとの体育教師による振り付けの創作ダンス、三年女子の奏羽音頭という浴衣での踊り、三年男子の組体操が行われた。
特に珍しいものや面白いというものもなかったが、
それなりに盛り上がり終わった体育祭となった。
総合的には白組の勝利だったが、1Bもなかなかの戦績だったと言えるだろう。
――これで、今年度の二大イベントが終わった。
CLAP*