scene32

 早苗が断ることを謝って、笹木が謝られて、まだ日が経たず――

 ――体育祭の時期がやってきた。


 日差しは幾分か薄らぎ秋の気配が増してきた空気の中、 ざわついた声がグラウンドを包んでいる。
 地面の上に並べられたイス、そこに座る生徒たち、 天幕付きのテントの下には教師たち、 放送委員や保健委員が座っている。

「あっつ〜」

 ぼやく岡崎の声が近くに聞こえる。 グラウンドのトラックをぐるりと囲むように 設置された席はクラス別になっているために、 すぐそこにその姿はあるから、 早苗は声に反応するようにそちらを見た。
 岡崎は後ろに座る山本や隣の市村に話し掛けては、 他のクラスメートから視線を向けられている。

「お前が暑いって言うたびに暑さが増す気がするんだけど」
「おとなしくしてれば?」

 小森と加納にそう言われたかと思えば、 高野からも注意をされている。

「喋りたいのはわかるけど、とりあえず前向いてて」
「ふぁーい」

 返事をしながらも、またすぐにあちこちを向いて誰かしらに話しかけることが簡単にわかって、早苗はくすりと笑った。

「でも本当に暑いよね」

 ハンドタオルを握り締めた綾菜が空を仰ぐ。
 つられるように早苗も見上げたそこにあるのは、晴れ渡った青空と元気な太陽。――体育祭日和、と言うのだろうか。

「そうだね、焼ける……」

 体操服は半袖半ズボンで、だから手足は否応なく日差しにさらされている。 今日だけで肌が濃い色になることは、少し赤くなった状態を見れば予想出来た。
 太陽の力強さは夏に比べてまだマシになってはいるが、 照り付けるその下にじっとしているとさすがに暑い。

 イスとイスの間隔も狭いので、 じわりとした暑さにはそれもあるだろう。
 風でも吹けばまだいいのだろうが。

 暑さにぼーっとしながら見ていても、短距離、長距離、 リレーなどが目の前で順々に展開され進行していく。 見たところ、運動系の部活に入っている者が 多いように見受けられた。そういった者は、 やはり全体的に運動神経がいいようだ。

 早苗は何をどうしても運動が苦手なために、 全員参加のもの以外は出ずにもっぱら席からの応援。 とは言っても大声なんて出せるはずもなく、 胸の内で、または小声で、だったのだが。

「次、スウェーデンリレーのメンバー集まって」

 体育委員である笹木が集合をかける。呼ばれた者はイスから立ち上がった。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるな」
「おお! ばっちり応援してやるからっ」

 山本が岡崎の声援を背に出ていく。いつものようにさわやかなほどの笑顔ながらも、その姿からはやる気が充分に伝わってくる。

「うちのクラス、陸上部は少ないけど、みんな足速そうだよね」
「うん、運動部は結構多いしね」

 まだまだ気まずくて、早苗は笹木の方を見ないように綾菜と言葉を交わす。

「頑張って、ね、さっくん!」
「サンキュ、市村!」
「応援は任せとけーっ!」
「はいはい。んじゃいってきまーす」

 笹木や山本たちは、入場門と呼ばれる位置へと出番を待つために向かった。






CLAP*