「笹木に……」
早苗が小さく息を飲んで岡崎を見つめる。メガネの向こうにある瞳は揺れているように見えた。
その反応に、岡崎も言いにくそうに口ごもるから、言葉を引き継ぐように船橋が口を開いた。
「早苗、そういえば笹木に告られたんだって?」
「……なんで……」
「いや……聞いた、から……」
赤くなって俯く早苗を見て、船橋と岡崎は視線を交す。
聞かない方がよかっただろうか、と思う。
だが聞かずにはいられなくて。
……それは、理由はともかく二人とも同じのようで。
「笹木のこと、好き?」
「……好き……」
その言葉に嘘偽りはない。
早苗自身そう思っているし、
それが正直な気持ちであることは二人にもわかった。
――視界が揺らぐ。
揺らいだその先に見えるものは、まだ誰にもわからない。
何故揺らぐのかも、まだ。
「……だけど、わかんない……」
「わからない?」
「………うん」
俯いたまま答える早苗を、
船橋は腕を引いて道の壁際へと導く。
通行の邪魔にならないようにということと、
彼女の声が掠れていることに気付いたから。
「大丈夫か、井上……?」
「……うん……」
弱々しい返事に岡崎は戸惑う。
いつも元気な様子とは言えないものの、
静かに微笑んでいる姿ばかり見てきていたのだ、
これまでとは違う様子にどうすればいいかわからない。
早苗の肩が小さく震える。
二人は彼女が泣いているのかと思ったが、
涙は落ちていない。
「私、みんなでいるのが好きなのに……っ」
――とても、楽しかった。
中学高校と部活にも入らずに、
友達もなかなか作れずにいた早苗にとって、
夢でも見ているように幸せだった。
船橋がいて、岡崎がいて、笹木がいて、他のみんながいて……
その時間がとても好きで。
「私、は……」
好き、と言ってもらって、信じられなくて、
同時に嬉しくて。……それでもやっぱり
そんな風には考えられなくて。
「泣き虫」
くしゃっと髪が掻き回されて、早苗の頭を軽く叩く手。
その手が優しくて、我慢しているつもりが、
じわりと涙が浮かんでしまう。
「…ごめ……」
「怒ってるんじゃないって、わかってるよな?」
「……ん」
「応えられないなら、はっきりそう言ってやればいい」
今にも泣き出しそうに歪んだ顔を見られたくなくて
下を向いたまま、早苗は頭上からの声を聞く。
「そ、だよ、ね」
「そうだよ。あんま悩むな」
答えは決っているのに、なのに悩んでいても仕方がない。
船橋の言葉に気が抜けたように、早苗の口元には小さく笑みが浮かんだ。
ゆっくり顔を上げると、そこにはいつもと変わらない表情の二人。
早苗はメガネを取って目を擦ってから、微かながら微笑みを見せた。
岡崎が手を伸ばして早苗の肩に触れる。
「俺、井上のこと好きだよ」
「……岡崎?」
「だけど俺もみんなでいるのが一番好きだから。無理はすんなよな!」
そう言って岡崎はにかっと笑う。
それだけ言って満足したのか、ぽんぽん肩を叩くと何事もなかったかのように歩き出し、振り向いて二人が付いてくるのを待った。
「……ありがとう……」
小さく小さく呟いて、早苗は岡崎の後を追う。
岡崎の胸が自分の発言に鼓動を速めていたり、船橋が困ったようにため息を吐いていたなんて、気付くはずもなく――。
CLAP*