scene31

「笹木に……」

 早苗が小さく息を飲んで岡崎を見つめる。メガネの向こうにある瞳は揺れているように見えた。 その反応に、岡崎も言いにくそうに口ごもるから、言葉を引き継ぐように船橋が口を開いた。

「早苗、そういえば笹木に告られたんだって?」
「……なんで……」
「いや……聞いた、から……」

 赤くなって俯く早苗を見て、船橋と岡崎は視線を交す。
 聞かない方がよかっただろうか、と思う。 だが聞かずにはいられなくて。
 ……それは、理由はともかく二人とも同じのようで。

「笹木のこと、好き?」
「……好き……」

 その言葉に嘘偽りはない。
 早苗自身そう思っているし、 それが正直な気持ちであることは二人にもわかった。
 ――視界が揺らぐ。
 揺らいだその先に見えるものは、まだ誰にもわからない。
 何故揺らぐのかも、まだ。

「……だけど、わかんない……」
「わからない?」
「………うん」

 俯いたまま答える早苗を、 船橋は腕を引いて道の壁際へと導く。
 通行の邪魔にならないようにということと、 彼女の声が掠れていることに気付いたから。

「大丈夫か、井上……?」
「……うん……」

 弱々しい返事に岡崎は戸惑う。
 いつも元気な様子とは言えないものの、 静かに微笑んでいる姿ばかり見てきていたのだ、 これまでとは違う様子にどうすればいいかわからない。

 早苗の肩が小さく震える。
 二人は彼女が泣いているのかと思ったが、 涙は落ちていない。

「私、みんなでいるのが好きなのに……っ」

 ――とても、楽しかった。
 中学高校と部活にも入らずに、 友達もなかなか作れずにいた早苗にとって、 夢でも見ているように幸せだった。 船橋がいて、岡崎がいて、笹木がいて、他のみんながいて……
 その時間がとても好きで。

「私、は……」

 好き、と言ってもらって、信じられなくて、 同時に嬉しくて。……それでもやっぱり そんな風には考えられなくて。

「泣き虫」

 くしゃっと髪が掻き回されて、早苗の頭を軽く叩く手。
 その手が優しくて、我慢しているつもりが、 じわりと涙が浮かんでしまう。

「…ごめ……」
「怒ってるんじゃないって、わかってるよな?」
「……ん」
「応えられないなら、はっきりそう言ってやればいい」

 今にも泣き出しそうに歪んだ顔を見られたくなくて 下を向いたまま、早苗は頭上からの声を聞く。

「そ、だよ、ね」
「そうだよ。あんま悩むな」

 答えは決っているのに、なのに悩んでいても仕方がない。
 船橋の言葉に気が抜けたように、早苗の口元には小さく笑みが浮かんだ。
 ゆっくり顔を上げると、そこにはいつもと変わらない表情の二人。
 早苗はメガネを取って目を擦ってから、微かながら微笑みを見せた。
 岡崎が手を伸ばして早苗の肩に触れる。

「俺、井上のこと好きだよ」
「……岡崎?」
「だけど俺もみんなでいるのが一番好きだから。無理はすんなよな!」

 そう言って岡崎はにかっと笑う。
 それだけ言って満足したのか、ぽんぽん肩を叩くと何事もなかったかのように歩き出し、振り向いて二人が付いてくるのを待った。

「……ありがとう……」

 小さく小さく呟いて、早苗は岡崎の後を追う。
 岡崎の胸が自分の発言に鼓動を速めていたり、船橋が困ったようにため息を吐いていたなんて、気付くはずもなく――。






CLAP*