scene29

 返事なんて出来ないままに、翌日も、その翌日も、 普通を装って過ごして。
 だが笹木の視線が気になるようになった。
 ふとした瞬間に目が合ったり、 そちらを向くと必ずと言っていいくらいに目が合ったり。

 ――なんだか居心地が悪い。

 今まで通りに接する笹木に、 やはりあれは夢か幻だったんじゃないか という気持ちになる。
 ……そうだったならいいのにと、 心の中どこかで自分が囁いている。

 それでも視線は向けられていて、 かけられる声は優しくて。
 胸が鳴って、息苦しくて。
 教室でも、廊下でも、通い慣れたグラウンドでも。
 優しく、明るく、笑みかけてきて。

 戸惑う。

 クラスメートに囲まれながら、友人に囲まれながら。
 視線は自分を追って、自分を想ってくれている。
 そんな信じられないことをぼんやり考えて、頬が熱を持つ。

 その本人が教室にいないのをいいことに、 早苗は綾菜と話しながらぼんやりと本に視線を落とす。 文字に焦点は合っていないし、 頭に内容が入らない以前に読んでさえいないのだが。

 ――ふ、と目線を上げたら。
 ちょうど笹木が教室に戻ってきたところで、慌てて視線を逸らした。
 思わず立ち上がって綾菜に告げる。

「あ、私図書室行ってくるね……」
「え、あ、早苗ちゃん?」

 読み終っている本、まだ途中の本、 どちらをも手に取ってドアへと向かう。
 市村たちのもとに行くため 笹木は逆に早苗の方に歩いてくるが、 気まずくて顔を上げられない。

「俺、返事ずっと待ってるから」

 擦れ違いざま笹木が囁くから。

「――ッ」

 早苗は顔を赤くして早足になって出て行った。

「え、なになに?」

 いつもと違う早苗の様子に、岡崎は首を捻りながら笹木を迎える。
 笹木は曖昧に笑うが、山本が、

「――告白したんだろ」

 と爆弾発言と思える言葉をさらりと口にすると、その笑みも固まり、笹木は焦りを見せた。

「んなっ、なんっおまっ!!」
「え、マジだったんだ」
「……くっ」

 冗談のつもりだったのに、と山本は笑う。 何事もないように。

「えええ」
「さ、さっくん……!?」

 驚いたのは言い当てられた笹木本人だけでなく、 岡崎と市村も驚きを隠せない。
 市村は何度も瞬きを繰り返しては笹木を見つめ、 岡崎は固まってしまった。

「何やってんだ、お前ら」
「よっ、船橋」

 やってきた船橋に軽く声を掛けるのは山本、だけ。
 笹木は微妙な笑みを浮かべ、 市村は何やら挙動不審、岡崎に至っては反応すらない。
 船橋は訝しむ顔で、 手にしていた分厚い辞典を岡崎の頭に乗せた。

「何固まってんだよ」

 周囲を見回した船橋は、目的の人物がいないことに気付いて友人たちを振り返る。

「早苗は? また図書室?」

 返そうと持ってきた英和辞典は 岡崎の頭の上に乗っかったまま。
 休み時間に姿がない時は大抵図書室だと 知っているから、そう聞いてみたのだが。
 そうじゃないか、と答えるのはまたも山本だけで、 船橋は眉根を寄せる。

「お前の愛しの早苗チャンに笹木が告ったって話してたんだよ」
「は!?」

 山本の言葉に船橋が見遣ると、笹木は気まずげに頭を掻いて笑った。






CLAP*