行き交う人々は時間とともに徐々に増えているようで、
歩きにくさも増して感じる。
普段着でも歩きづらそうなのだから
浴衣に下駄では尚更だ。
視界では様々な色合いの和の装いが見えて
目に楽しいのだが、それを単純に楽しむ余裕はない。
「はぐれんなよ」
「わかってるっ」
「そっ」
歩きながら船橋が振り返り、
遅れ気味の早苗と言葉を交わす。
手を差し伸べるわけではないが、
何度も軽く振り返ってはちゃんと
そこにいることを確認しているようだ。
「井上さーん!」
「あっ」
声が呼ぶからはっとして視線を向けると、
数メートル先で足を止めた瀬尾が手招いて待っていた。
早苗は赤い鼻緒の下駄を鳴らして小走りで向かう。
「大丈夫?」
「うん」
「はぐれちゃったかと思った〜」
ほっと息を吐いて、そして手を引いてくる瀬尾を早苗は驚いたように見つめた。瀬尾はそんな様子に気付かないようで、射的の店へと手を繋いで歩く。
すでに岡崎は射的を始めていて、いつのまにか彼らの中に混ざっていた船橋も小銭を払うところだった。
「あ、船橋くんもやるんだ」
「みたいだね」
並んで銃を構えて景品を狙う。
彼らの前、台の向こうにはぬいぐるみや菓子箱、プラモデル、パズルなどがずらりと立てられている。
「ひつじのぬいぐるみ狙え」
「おい、的小さいって」
「オレはリクエストは受け付けてませーん」
左側に岡崎、右側に船橋が。
こん、こん、こん、と小気味いい音を立てて景品を倒すのは、岡崎の放った弾。
慎重にひとつひとつを狙い射つのは、自身の性格が表れているのか船橋の銃。
結果、店の主人は苦笑いを浮かべて景品を差し出した。
船橋はともかく、岡崎は何度も挑戦し
大きなぬいぐるみも落としたために、
彼が抱えるのは随分と大きな袋。
千葉や市村の袋とは明らかにサイズが違う。船橋は普通に彼らと同じ袋だ。
「岡崎……」
千葉がため息を吐く。
「さすがだな」
「すごい……っ!」
「上手いんだねっ」
山本と市村、瀬尾は感心して。
船橋と早苗はもう笑うばかり。
店としては商売上がったりというものだろう。嫌な客だと思われているかもしれない。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
腕時計で時間を確認しつつ千葉が問う。
もう辺りは薄暗くなり始めていて、
電飾が光っては出店や道を飾っている。
「あーオレそろそろ帰るわ」
「え、マジで!?」
山本の発言に、満足げだった岡崎の表情が一気に不満げに変わった。
「悪い、早く帰るよう親父に釘刺されてて」
「それじゃあ仕方ないね」
「山本ー」
「オレの分まで楽しんどいてくれ」
「じゃあまた学校でな」
「またね」
夏休みとはいえまたすぐに会えるからと
簡単にだけ言葉を交わすと、
山本は手を振りまっすぐ人混みを擦り抜けて走っていった。
後姿はあっという間に人ごみに紛れて見えなくなった。
残る六人は、このあと打ち上げられる花火を
見ようと話し、空いていて見やすいポイントを
探して移動することにした。
高台に続く階段を上る。
下から見上げるそこは眺めがよさそうで、
人もあまりいないように見えたからだ。
「危ないよ、岡崎くんっ」
明かりはあるものの暗い中を岡崎は先へ先へと進んでいく。
つまずくんじゃないかと心配する仲間を余所に段差を駆け上る。
「へーきへーきぃ!」
「一人でガンガン行くな、岡崎!」
「ガキみたいなはしゃぎ様だな」
呼んでも止まらない足。
上りきっても彼は一人で草木を踏み分けベストポジションを探す。
「花火って言っても花火大会じゃないんだから、そんなに上がらないだろうし」
「だからこそ綺麗に見たいんじゃんー?」
話を聞くだけは聞いているのか声を叫び飛ばしてくる。
船橋は諦め切っている様子で、
心配なのかおろおろとしている早苗にため息ごと言葉を向けた。
「早苗、もう放っとけ」
ゆるりとだけ吹く風を身に受けながら、市村が眼下を見渡す。
「見えるのって、こっち、かな」
「ああ、方向的にはそうだろ」
「綺麗に見えるといいね」
「まぁ人がいないから、見えるかは微妙そうだけど」
彼の隣から同じように千葉と瀬尾、船橋が下や空を見る。
やっぱり見晴らしのいい場所は人気だろうから、そういうところには人が集まっているはずだ。
着いて驚いたことに、それがここには人はいないのだ。
もとからそういるとは思っていなかったが、
ここまでひと気がないとは思わなかった。
「あれ? あいつらは?」
ふと振り返った船橋は、そこにあると思っていた二人の姿がないことを知った。
CLAP*