「まあ他のやつらが来てないだけマシか」
「誰も来てない、の?」
「ああ、俺は知らない」
千葉はそう言って役目に戻ろうとする。
……が、その動きは唐突に止まる。
ガタガタンと市村の隣の席に新たな客が座り、
注文を始めたからだった。
「オレねぇ、コーラとー……うーん、
何かオススメってないの!?」
「……ご注文はウェイトレスが承りますが」
「いいじゃん、オレはお客さまだぞー?」
「知るか」
「ええーっ、そんな接客態度アリー!?」
騒がしい客に千葉はトレーを片脇に挟み耳を塞ぐ。
しかし客は両耳を覆った手を力一杯引き剥がし、大声で繰り返す。
「コーラとぉ!オススメをぉ!下さいなーっ!!」
「うっせ今井!!」
思わず離れた腕により、トレーが床に落ちる。
まっすぐ吸い込まれるよう縦に落下し、
鈍い音をさせて倒れた。
「だ、大丈夫千葉くん……!?」
「……ああ」
「あはは、わりぃ」
「笑ってんじゃねぇ……!」
慌てる市村を落ち着かせ、
千葉は拾い上げたトレーで今井の頭を殴った。
「暴力反対ー!」
「なら帰れ」
「ヤダ!!」
「ガキかお前は」
目の前で繰り広げられる光景に、
早苗は目をぱちくりと瞬かせるだけで声も出せず動けずにいた。
逆に市村はハラハラする気持ちに
身体が動かされているのか、無駄にあたふたとしている。
「京平ー!!!」
「げっチキン!?」
……それは先日のように。
今井の気配を嗅ぎ付けたのか、騒ぐ声を聞き付けたのか、教室に現れた木ノ下が大股で近づいてくる。
「いなくなったと思ったらまぁた何やってんだ、みんな探してるってのに。ほら、帰るぞ!」
「ちょ、オレはただ笹木のこと市村に言っとこうかなって!」
「え、さっくん!?」
「問答無用ッ!!」
言い訳も虚しく今井は外へと引き摺りだされていく。今井と木ノ下では体格が違うのだ、抵抗も意味をなさない。
「笹木は先輩に攫われたからー」
市村に伸ばされた腕は彼に届くことはなく、
今井はそんな叫びを残して消えた。
それに伴い、カフェ中がやけに静かになった。
「先輩って誰だろ……?」
「笹木なら放っといてもいいんじゃないか?」
ため息を吐いて千葉は、今度こそウェイターの仕事に戻った。
早苗と市村は顔を見合わせると
小さく笑ってそれぞれの飲み物を手にした。
「市村くんはこれからどうするの?」
「うーん、さっくんいないし、どうしよう、かな」
「あの……ね、私、Aクラス見に行ってみようかなって思ってるんだけど……」
市村は、早苗にとって珍しく自分から
喋ることの出来る存在。
緊張の度合いは他の誰かと比べるまでもなく、
どれほどもマシである。
一緒にどうかな、という意味を含めて問い掛けてみる。
「いいね、あそこもお店、だっけ」
「うん、Cクラスは明日劇だし」
「じゃあ……行ってみよ?」
「うんっ」
その答えが嬉しくて、早苗は顔がゆるむのを誤魔化すようにレモンティーを喉に通した。
CLAP*