scene18

「まあ他のやつらが来てないだけマシか」
「誰も来てない、の?」
「ああ、俺は知らない」

 千葉はそう言って役目に戻ろうとする。
 ……が、その動きは唐突に止まる。 ガタガタンと市村の隣の席に新たな客が座り、 注文を始めたからだった。

「オレねぇ、コーラとー……うーん、 何かオススメってないの!?」
「……ご注文はウェイトレスが承りますが」
「いいじゃん、オレはお客さまだぞー?」
「知るか」
「ええーっ、そんな接客態度アリー!?」

 騒がしい客に千葉はトレーを片脇に挟み耳を塞ぐ。
 しかし客は両耳を覆った手を力一杯引き剥がし、大声で繰り返す。

「コーラとぉ!オススメをぉ!下さいなーっ!!」
「うっせ今井!!」

 思わず離れた腕により、トレーが床に落ちる。 まっすぐ吸い込まれるよう縦に落下し、 鈍い音をさせて倒れた。

「だ、大丈夫千葉くん……!?」
「……ああ」
「あはは、わりぃ」
「笑ってんじゃねぇ……!」

 慌てる市村を落ち着かせ、 千葉は拾い上げたトレーで今井の頭を殴った。

「暴力反対ー!」
「なら帰れ」
「ヤダ!!」
「ガキかお前は」

 目の前で繰り広げられる光景に、 早苗は目をぱちくりと瞬かせるだけで声も出せず動けずにいた。
 逆に市村はハラハラする気持ちに 身体が動かされているのか、無駄にあたふたとしている。

「京平ー!!!」
「げっチキン!?」

 ……それは先日のように。
 今井の気配を嗅ぎ付けたのか、騒ぐ声を聞き付けたのか、教室に現れた木ノ下が大股で近づいてくる。

「いなくなったと思ったらまぁた何やってんだ、みんな探してるってのに。ほら、帰るぞ!」
「ちょ、オレはただ笹木のこと市村に言っとこうかなって!」
「え、さっくん!?」
「問答無用ッ!!」

 言い訳も虚しく今井は外へと引き摺りだされていく。今井と木ノ下では体格が違うのだ、抵抗も意味をなさない。

「笹木は先輩に攫われたからー」

 市村に伸ばされた腕は彼に届くことはなく、 今井はそんな叫びを残して消えた。
 それに伴い、カフェ中がやけに静かになった。

「先輩って誰だろ……?」
「笹木なら放っといてもいいんじゃないか?」

 ため息を吐いて千葉は、今度こそウェイターの仕事に戻った。
 早苗と市村は顔を見合わせると 小さく笑ってそれぞれの飲み物を手にした。

「市村くんはこれからどうするの?」
「うーん、さっくんいないし、どうしよう、かな」
「あの……ね、私、Aクラス見に行ってみようかなって思ってるんだけど……」

 市村は、早苗にとって珍しく自分から 喋ることの出来る存在。 緊張の度合いは他の誰かと比べるまでもなく、 どれほどもマシである。
 一緒にどうかな、という意味を含めて問い掛けてみる。

「いいね、あそこもお店、だっけ」
「うん、Cクラスは明日劇だし」
「じゃあ……行ってみよ?」
「うんっ」

 その答えが嬉しくて、早苗は顔がゆるむのを誤魔化すようにレモンティーを喉に通した。






CLAP*