「ただいまー」
夕飯を作りながら、持ち帰った景品作りを
合間にしていた早苗は、玄関から聞こえてきた声にも
手を止めず、それを続けた。
声に続いてキッチンと一間続きのリビングに
入ってきたのは、早苗の兄の渚。
まだテーブルに運ばれていない皿に乗った唐揚げを摘む。
「何それ」
「秘密」
渚は早苗が手にしている物に疑問の声を上げるが、
テーブルで物作りに勤しむ妹の返答はつれない。答える気はないようで、
逆に着替えてくるよう急かす。
答えて貰えずとも大体の予想はついているのか、
渚はネクタイを緩めながらつまみ食いで
手についた油を落とすために流しに向かった。
「お前昔っから手先だけは器用だもんなぁ」
「どうせ特技なんてないもん」
「そこまで言ってないけど」
「思ってはいるけど、でしょ」
冗談まじりだったのかもしれないが幼い頃から
言われ続けてきたいつものことだったから、
こんな遣り取りは数えきれないほど繰り返している。
手を洗った渚はタオルを取ってもまだ部屋へは向かわず、
向かい側の椅子に腰かけると会話を続ける。
「お前はおとなしいし、運動出来ないし、だけどいいとこも色々あるって」
「いいとこは全部お兄ちゃんが取っちゃったから、私には貰えなかったんだよ、きっと」
小さな小さな頃から比べられてきた。活発な兄と物静かな妹。
そして言われるのだ。お兄ちゃんがよく喋るから妹さんは喋らなくてもいいのね、と。
早苗は他人と付き合うのが嫌いな訳でもなければ会話するのが嫌いな訳でもない。
ただただ苦手で、何をどう言えばいいかわからず尻込みしてしまうのだ。
「でも最近いい顔してるぞ」
手元にばかり目を遣って自分の方を見ない早苗の頭を彼は撫でる。
幾分年が離れていることもあってか、渚にとって早苗は心配でたまらない存在で。
最近明るい表情をよく見せるから、彼も嬉しくて。
「ついに直輝と付き合い始めたか!」
「ないから」
にやりと笑う渚に早苗は冷静にため息を吐いた。
すると彼は不満げに渚の髪をくしゃくしゃと乱す。
「お似合いだって!」
「ナオが迷惑でしょ、もう」
「俺の夢がーっ」
「意味わかんないし」
呆れたように早苗は立ち上がって渚の背を押す。ドアへと追い立てる。
「訳わかんないこと言ってないで、早く着替えてご飯にしよ」
比べられ、からかわれ、それでも兄を嫌うことなく
むしろ慕い続けているのは、きっと彼の性格のおかげなのだろうなと、
不意に思った。
CLAP*