scene08

 ――気が付けば一ヵ月。

 一日一回、早苗は毎日休み時間に おいでアタックを岡崎から受け、 何となく誘いに乗って野球部の練習を眺めに行く日々が 一週間余りも続けば、 放課後のそれはもう“いつものこと” のように感じられるようになっていた。

 だが二週間が経つと、 岡崎は早苗に誘いを掛けることをしなくなった。

「今日も応援ヨロシク〜!」
「はーい」

 それは岡崎がそうすることに興味を無くした訳ではなく、 早苗が素直に応じ、自分から見に行くようにまでなったからである。
 誘いを受けなくなったのは 何日も続いていたことだっただけに何だか少し 寂しくもあったが、その代わりに違う言葉を交わす。 異性ながらも親しい友達のようで、 嬉しさに心がふわふわとした。

 見学は最後までは残らず先に帰ることもあった。 だが大抵は彼らと下校をして。
 だから、親しくなったのは岡崎だけではなく、 船橋とも前より気軽に接することが出来るようになり、 市村たちとも少しずつ話せるようになっていった。
 それでもやはり、 相手によっては苦手意識が勝っていたり 会話が続かない、なんてこともあったが。


「毎日飽きないなぁ」
「何が?」
「井上も、岡崎も」

 最近よく一緒に練習を見ている笹木章吾の言葉に、 早苗は首を傾げ、隣に腰を下ろす彼を見上げた。 揃って座るそこはグラウンドとはフェンス越しの 芝生の上だ。

 笹木は中学時代に野球をしていたそうで、 だが今は早苗と同じ帰宅部。 高校では外から彼らの応援をしようと決めたらしい。
 クラスメートであるにも関わらず 二人が初めて喋ったのは、 この見学でばったり遭遇した六月も末のことだった。

「毎日見ててもさぁ、代わり映えしなくないか?」
「そう、かな」

 言われて視線を笹木からグラウンドに戻す。
 すでに見慣れた練習風景がそこにあって。 監督の声が響けば、部員たちの返事が大きく返る。

「つーか井上、野球に興味ないタイプっぽい」

 ……それはどこで判断することなのか。
 見た目なのか性格なのか、 何を見て彼がそう言うのかはわからなかったが、 まさしくその通りだったから早苗は笑ってしまう。

「興味なかった。まったく」
「岡崎の勢いに負けて見てみたら、ちょっと興味が出た?」
「うーん、そんな感じかな?」

 教室内での遣り取りは笹木も見ていたのだろう。 早苗が笑顔での勢いに圧されたのを知っているようだ。 岡崎の声は明るくよく通るので、 その時教室にいた人間なら誰もが事情を把握していそうだが。

 早苗は趣味をそこそこ人並み程度に持ってはいるものの、 インドアなものばかりで外で何かをすることは 皆無と言えるほどになかった。
 だから自分が参加する訳ではなく見ているだけのことでも、目新しいというか物珍しいような、そんな気持ちもあるのかもしれない、と自分では思う。

 今でも野球をそれほど好きという訳ではないし、ルールなんかもやっぱり知らない。
 勉強してみようかという気持ちはなくはないのだが、早苗はただただ、彼らの様子を見ているのが楽しかった。

「私にはこういうスポーツとか上手く出来ないし……」
「ああ、運動音痴だから?」
「……ナオと同じようなこと言ってるよ」

 ちらりと横目で視線を向けた早苗は、 笹木に同じくらいの身長をしたその姿を重ねて苦笑を浮かべる。
 小さな頃から、何をするにもとろいとからかわれ続けてきた。 今ではそう口にはされることはないものの、 思っていないわけではないのだろうなと、思う。






CLAP*