scene06

「ほれ」

 いつの間に出てきたのか、 ぱっと振り向くと目の真ん前にペットボトル。 目を丸くする早苗に船橋は、 手に押しつけるようよく冷えたそれを掴ませた。

「え?」
「いいから取っとけ」

 アイスバーを噛る彼がくれたのは、 見ると自分が時々好んで飲む紅茶で。 種類もメーカーさえも同じそれだ。
 教えたわけでもないのに 覚えていてくれたことになんだか嬉しくなる。

「ありがと、ナオ」
「アイスは溶かしそうだからな」
「……どうせとろいもん」

 年に数回会う程度だったイトコ。
 高校進学がたまたま同じところだったものだから 入学前には何度も家族同士顔を合わせたが、 何度となく会うことすらもそれが初めてのことだった。

 だから仲は悪くなかったとはいえ親しいと言える関係 でもなかったから、今までになかったこの状態が不思議で、 こんな風に言葉を交わして笑うことがくすぐったく感じてしまう。

「あーっ、ずっりーの!」

 ドアから出てきたところだろう岡崎が声を上げ、船橋にのしかかる。
 背の高い船橋が小柄な岡崎に、というならともかくその逆ともなれば、 身長差からして飛び上がって乗らなければ出来ない体勢で、 その衝撃に船橋はよろけた。

「どあっ、何がだよ!?」
「オレが奢ろうと思ってジュース買ってきたのに、カッコつけやがってー!」
「知るか!っつか蹴んな!!」

 背中から滑り下りた岡崎に足元を軽く蹴り付けられた船橋は素早く頭を叩き返す。 反射のように身体に馴染んでいると見れる二人の遣り取りに、 早苗の表情は自然と緩んだ。

「な、井上。飲む?」
「あ、ありがとう」

 手渡されたのは、確認しなくても先ほどとは違う丸みを帯びた形のペットボトル。
 受け取った早苗に、船橋は呆れた目を向けた。

「断れない性格だよな」

 ため息混じりの言葉に、うっと詰まる。……早苗自身そう思う。
 一人理解出来ない岡崎が片眉を上げた。

「何? オレのジュースは飲むなって?」
「ちげーよ。炭酸飲めないんだよ、こいつ」

 握った手の親指が早苗を指す。
 岡崎は瞬いた。確かに彼が買ったのは自分の好みを基準にした炭酸飲料で、 だが早苗が普通に受け取ったものだからそんなこととは思わなかったのだろう。

「え、マジで?」
「飲めるようになったなんて聞いてないし」
「や、あの……まったく飲めないわけじゃ……」

 五百ミリリットルのペットボトルを二本抱えた早苗は、 ゆっくりちょっとずつなら飲めるよと小さく主張してみた。
 あのしゅわっとした感覚が好きな人が多いのは知っているのだが、 彼女はそれが苦手なのだった。舌や喉が痺れるような感じが。

「なんだ。それだったら言ってくれりゃいーのに」
「でも……」
「無理しちゃいけまっせんっ」

 笑って炭酸のそれを奪うと、岡崎は仲間の方を振り向いた。
 掴んだ片手を頭上に突き上げて呼び掛ける。

「なー! よかったら誰か飲まねぇ!?」

 とは言っても、各自それぞれで何かしらを買っている訳で。 すぐに上がる手はなかった。
 んー……と数秒考えた岡崎は、すぐ傍でカップのアイスを頬張っていた市村にその手を差し出した。

「市村にやる。今いらなかったら持って帰って飲んで」
「え、お、オレ!?」
「毎日頑張ってるゴホービ!」
「押し付けといて何がご褒美だよ」
「なっ、市村!」

 ツッコミの声が入ろうとも笑顔の岡崎に怖いものはなし。
 ペットボトルは市村の手に渡ったのだった。
 岡崎は機嫌よさげにまた振り返る。

「今度は炭酸ないの奢るから!」

 ――つまり。
 お誘いや彼との関わりは、今日だけで終わりそうにはないなと、 少なくとも彼はそのつもりなのだと、早苗は理解した。






CLAP*