「お疲れっ!」
岡崎が駆け寄って、がしゃりとまたフェンスの網を掴んで笑う。
汗にまみれた顔が、いつもの無邪気さに逞しさをプラスして感じさせる。
見ていただけの自分に向けられるような言葉じゃない
気がしたが、早苗はそっと微笑んだ。
「お疲れさま」
本当は、時間も遅くなってきたし練習が終了する前に
先に帰ろうかとも思った。だが誘われて来たのだし、
挨拶くらいして帰ろうと律儀にも待っていたのである。
「なんで来てんだよ、早苗」
「ナオ」
一直線上にやってきた岡崎とは違い、フェンスのドアを潜り抜けて傍に来た船橋が呆れ顔を向けた。
暑いのだろう、帽子を脱ぎパタパタと顔を扇いでいる。
「船橋ー! 痴話喧嘩はやめとけよー?」
「うっせーよっ」
痴話喧嘩だなどと、そういった感情があるようにグラウンドから声を投げられ、
否定と嫌がらせへの反発の意味を込めて船橋は睨み付けた。
しかし笑顔の岡崎がそんなことを気にする訳もなく。
「井上っ、もうちょい待っててくれな!」
「えっ」
「言ったろ、一緒に帰ろうぜ!」
そう言うと、岡崎は着替えに走っていってしまった。
――本気だったんだ。
早苗としては、その場のノリだとか、
社交辞令のような、そんな感じに受けとめていたのに。
残された二人は騒がしい岡崎の姿が
部室に向かうのを見送って、軽く顔を見合わせた。
船橋の顔は軽く眉間に皺を寄せている。
「仲良くなったのか?」
「……さぁ」
問われても、早苗には何とも言えない。
突然話し掛けられたのも、ここまで誘われたのも、
早苗にとって予想外の、非日常的なことで。
岡崎が何を考えているのか、さっぱりと理解不能なのだ。
「こんな時間まで帰ってこなかったら、兄ちゃん心配するんじゃないか?」
「お兄ちゃんは過保護なんだよ」
船橋の言葉に早苗はため息。
彼は彼女とその家族のことを知っているから。
その話を持ち出されるのではと、思ってはいたが。
「何が〜?」
にゅっと唐突に突き出た頭に船橋は仰け反る。
すっかり制服に着替えた岡崎がにーっと笑顔で出没していた。
「って岡崎はやっ」
「船橋も早く着替えてこいよー」
肩を叩く岡崎に、船橋は短く頷いて部室へ駆けていった。
CLAP*