第十四話 萌える若葉

-ユリシスとレミエル-


「瞳の契約よ、彼の者を封じよ――――!」


 声とほぼ同時、紡がれた呪文により魔導の力が発動する。
 ユリシスの身体は吹き飛びもしなければ 動きが止まることもなかったが、 だが振り下ろされた大剣はフィオルを傷付けることなく。そしてフィオルの剣もまた、その刃がユリシスに届くことなく。

 二人がともに身動きとれなくなったわけではない。むしろ術が働いているはずだというのに自由に動く。なのに攻撃が互いに当たることはない。
 ケインも驚きからか動きを止めて、見入るように二人を見つめていた。

「兄様」

 突然声がして、三人はぎこちなくも素早く、 フィオルに至っては反射的にそちらを振り返った。
 その声は全員が揃ってよく知っているもの。

「この場所を少し、空間から封じてみたのだけれど」

 声に続いて暗がりから現れたのは、 萌える若葉のような緑のドレスに身を包んだ儚げな少女。
 行方がわからなくなったという時そのままの様子である。
 フィオルとケインは声もなくレミを見つめた。

「才能だな」
「ユーイ兄様」
「空間から封じたということは人の目も耳も気にすることはない、のだな?」

 すぐさま言葉の意味を理解し 確認してくるユリシスに、レミは一つ頷く。

 彼女が魔導の力を用いて、 そのために発動するはずだった フィオルの力が打ち消され ユリシスだけが動きを抑制されることはなく。 知らない間に、気づかぬうちに、 彼らを包むこの場ごとが"封じ"られたという。

 ユリシスは大剣を下ろし、それを見てフィオルも剣を収める。
 三人の目の前でレミはドレスの裾を揺らしながら彼らに歩み寄った。

「……そこに転がってる男たちは?」
「さらに上から封じているから」

 だから平気だと、目が覚めることもないのだと、レミはケインの問いに事も無げに答える。
 そんなことが出来るものなのかと、 自分にその力のないケインはまじまじと彼女を見つめてしまう。

「捕らえられているのがレミエルだと聞いて、 お前のことだから自力でもどうにかするだろうとは思ったが」

 ユリシスは感心したように目を細める。

「さすがだな。純粋な魔導の力の高さだけならばフィオルよりも上だろうな」

 訓練の有無で扱いはフィオルの方が上手いのは明らかではあったが。
 レミのその力はそんなにすごいのかと、 ケインは一度だけ目にしたことはあったものの今まさに目の当たりにした思いで、彼女を見つめ続ける瞳とは別に、心は彼ら三人の姿から目を背けてしまう。

 この男も、レミの力のことを知っていた。 彼らの関係を彼は知らないが、 それでも親しいことは感じられて……魔導の力についても、 ユリシスについても、その存在すら知らなかった。 何でもないことではあると思う、だが重ねて知ったためか、胸が痛んだ、気がした。

「レミ、レミ……!」
「兄様。ごめんなさい、心配をかけてしまって」

 驚きから、戸惑いから、解放されたフィオルはレミに手を伸ばした。抱き寄せて、抱き締めて。震えるほどに、泣き出しそうだと思うくらいに目を閉じて、抱き締めながら、震えた。

「無事でよかった……」

 唯一の肉親。誰より大切な人。愛しい妹。
 その姿を見るまで、腕に抱くまで、フィオルは生きた心地がしなかったのだろう。
 だがユリシスはそんな兄妹を見ながら、眉を少しばかり寄せる。

「それはここから出て屋敷に戻ってから言うべきだな」

 フィオルは彼を振り返り、鮮やかすぎる赤をまっすぐな緑で、見上げ。

「帰さないつもりか?」

 鋭い鋭い、眼差し。――親しい者を見る瞳ではなく、敵を見るような。
 それを受けてもユリシスは顔色を変えることもなく。

「いいや。任務の邪魔をしなければ俺だってお前たちを無意味に傷付けようとは思わない」
「それじゃあ――」