-フィオルティンとケインとレミエル-
頭上に輝く星たちはその身を休めるべく明けつつある空に光を溶かしていた。
伯爵の屋敷から抜け出すことに成功した
ケインとフィオルは、
十分に距離をとったと思える位置にきて、
やっと顔を覆っていた仮面を外した。
フィオルの片手はずっとレミの手を握ったまま。
「まったく、ケインのせいでとんだとばっちりだよ」
フィオルは深々とため息を吐いて、
ちらりと横目で見遣る。
あの屋敷からはレミとフィオルの魔導の力、そしてユリシスの協力により伯爵や他の人間に見つかることなく出ることが出来た。
彼は今あの伯爵の下で傭兵のように働いているが、フィオルの記憶の通り、その立場は真実ではないとのことだった。わけあって任務として潜入しているのだと。
どうにか誤魔化すと請け負ったユリシスを残し、三人は帰路を急いだのだった。
フィオルの肩越しに少し振り返った視線の先、
僅かに後ろを歩く姿は碧の瞳を伏せていて、
項垂れるようにしてその足取りは重い。
ごめんと呟く声は、弱々しく。
レミは繋いだ手を軽く振り解き足を止め、
兄の腕を引く。
「ケインばかりを責めないで。
囚われてしまったのはあたしが悪いのだから」
まっすぐに、まっすぐに、青い瞳は凛と美しく、フィオルを見つめて。
フィオルは目を細めつつ眉根を寄せ、
心配をかけたこと、
それでもケインを庇おうとすることに
叱り付けようとするが、
その瞳には揺るがない強さが見て取れて、
兄は諦め気味に妹の肩を叩き
そちらとは反対側の腕を伸ばしてケインの額を指で弾いた。
顔を上げたケインは、そこにいつもの親友の姿を見る。
「いつまでバカみたいな顔してる」
「フィオル……」
「別にお前をどうこうしようとは思わないし、……活動を辞めろと言うつもりもない」
ケインの瞳に信じられないと言いたげな色がよぎったのを見て、フィオルは苦笑する。
彼がその活動を、ジョーカーを続ける限り
フィオルもレミも危険と隣り合わせ、
これからも様々なことに巻き込まれてしまう
可能性は続いて行くだろう。……それでも、
フィオルはそう言う。
驚きに揺れているのだろう、
ケインのその黒髪を思い切り掻き乱して、
フィオルはレミを漆黒の衣の下に抱き寄せた。
「レミは俺が守ればいいわけだし、
いざとなったらお前は見捨てるから覚悟しておけ!」
「……ああ、うん」
気が抜けたように瞬く。自分の身のことなど、ケインにとってはさして気になりはしないから。
ただ彼らさえ無事でいてくれるならば――。
「レミを傷付けるやつは誰であろうと許さない」
彼らさえ、元気でいてくれたなら。そこで笑っていてくれるなら。
そうすれば、他に気にかけるものなど何もないから。
互いに秘密を持っても、知らないことがあっても、きっと彼らは死ぬまで大切な存在なのだろう。
「――――シスコン」
殊勝な気持ちであったはずの、そのような様子であったケインの口から、思わずといった風にそうこぼれでて。
フィオルは鋭くケインへと目を光らせた。
「シスコンの何が悪い!」
もうはっきり開き直って言い切る姿に、ケインはいつものように口を開く。
「悪いとは言ってねーよ。でもいい加減結婚でもすれば?」
「お前こそどうなんだ。"レミ以外の女"ならいくらでもいるだろう」
「……お前な。誰がこんなガキ相手にするか」
「てめぇ、レミをバカにすんなこのド阿呆!」
フィオルのレミへの愛と、ケインの親友への呆れと。
言い合いが進むにつれ低レベルな、子供の口ゲンカのようになっていく。
黙って兄たちを見守っていたレミは、
短く息を吐くと彼らを置いて歩き出す。
二人の言い合いは終わる気配などないから。
「レミ! レミ、一人で行くんじゃない」
慌てたフィオルが後を追って。さらにその後をケインが追って。
レミは振り向かず、足も止めず、つんと言い放つ。
「あたしについての話をなさっているようですけれど、当の本人であるあたしを放ったらかしにしているというのは酷いお話だとお思いになりません?」
「それは、レミ、こいつが……!」
「あ、オレのせいにする? お前が突っかかってくるからだろーが」
追いかけて、追いかけて、また言い合いになりながら追いかけて。
何事もなかったかのように、確執や溝が出来ることもなく、二人が互いのことを言い合って。
だからレミは、静かに表情を綻ばせる。――大好きな、大切な、二人がいるから。
仮面は大切な者の前に剥がれてしまったが。
偽るためのものでなく、己を貫くために。
――これからも、仮面をこの手に。