第十三話 声なき声で呼ぶ名前

-フィオルティンとユリシス-

「お前――――」

 ユーイ、と自分を呼んだ仮面の人物を男は見た。見詰め合った。
 その、緑の穏やかさと奥から姿を現した激情を孕んだ瞳、日の光の下になくともなお透き通るような金の髪。

「――――フィオルティン」

 唇が、その名を紡いだ。囁きにもならない、声といえない声だったが、剣を交わらせ間近に顔の寄っていたフィオルには確かに聞き取れた。

 フィオルという名前がフィオルティンの略称であるように、ユーイとはユリシスの愛称。つまりはこの男の、名前。それも、そう呼ぶのは一部の者のみなのだ。
 仮面ではっきりとした顔は見られなくともこれらは確かな特徴となる。

 ともに後方へと跳躍し、二人の間に空間が出来る。 それは、しかしユリシスが攻撃を止めたからではなく一旦距離をとったに過ぎず、彼は再び大剣を振る。

「では娘というのはレミエルか」

 またもごく微かな声でそう口にする。攻撃は止むことなく繰り返し繰り返されるが、肌に痛いほどに感じていた本気が今はない。それをケインも感じているようで、隙を窺っているように見えて、ただ二人を見守っている。

「ああそうだ。レミを返してくれ」
「それは……」

 激しく強い色の瞳の、縋るようなフィオルのその眼差し。それを受ける赤い瞳は静かに仮面を映し出す。彼らは互いに互いの瞳を知っている。考え方も、様々なことを。
 だが――

「無理だ!」

 ユリシスの身体が離れ、大剣が力強く振り下ろされた。それは辛うじてフィオルに当たることなく空気だけを裂いたが、彼は顔を歪めユリシスを鋭く睨みつける。

「なぜ、どうしてだ!」
「俺がここに仕える身であることを忘れたのか」
「だがお前は、」
「問答無用――――!」

 言葉通り意見を受け付けない、寄せ付けない勢いの大剣を咄嗟に避けたフィオル。しかしユリシスの攻撃には再び力と鋭さが宿っている。 殺気はないと思えるのに、その存在からはとても強い圧迫感が与えられる。

 ケインは介入すべきか否か迷っている様子で、一定の距離を保ったまま静かに狙い定めるように身じろぎする。

「邪魔する者は排除せねばならない」

 硬い声でそう告げるユリシス。表情は変わらない。
 フィオルは彼が曲がったことが嫌いな、堅物とも呼べるほどに真面目な性格だということを知っている。

 付き合いはケインに比べれば深いなんていえないものだったが、血の繋がりでいえばケインよりずっと近いのだ。
 彼は今も全力ではないのだろう。だが真剣さは肌で感じ取った。
 攻撃してくるのには理由がある。そう思う。

「瞳の――」

 それでもこのままでいれば死にはしなくとも斬りつけられ怪我をするのは確実。
 そして何より、どうあってもレミを救い出したい。

「瞳の契約よ、」

 フィオルの唇は声を紡ぎ出す。