第十一話 二つの影

-ジョーカーとジョーカー-

 闇夜を走る二つの人影。彼らに味方するかのように、昼間の面影はなく空は一面雲に覆われ。 月の光の届かない暗闇の中を、彼らは静かに、素早く、ひた走る。

 すでにひと気のない時間、時折見回る傭兵や騎士たち以外は完全に寝静まっているようだ。
 当然、例外はある。――彼らはもちろんだし、それを待つ者もまた。

 纏う布を翻して舞い上げ、そのあまりの身軽な動きに足音さえ風に攫われる。  門まで回ることなく壁を跳び越えた二人は、その屋敷のエントランスへと無断で足を踏み入れた。

「モアル伯爵、ご招待にあずかり参上致しました」
「あの娘を解放していただきたい」

 誰もいない空間に声高に名乗りを上げる。
 装った冷静な声は静かに響き、柱の陰から男が一人、二人と滑り出て姿を現す。 体格も容姿もそれぞれで、騎士もいれば傭兵も、ならず者もいるのだろう。共通するのはジョーカーと敵対する者だということ。

「ジョーカーとは一匹狼かと思っていたが?」

 男たちを含めた彼らの頭上から突如として降ってきた声は、奥からゆっくりと出てきた初老の男のもの。やけに鋭い光のある目をして、二人の仮面の男を冷たく見下ろす。

 仮面の下からは碧と緑の瞳がそれを見返している。男たちへの警戒も怠らない。
 緊張感が空気中を電気のように走る。それを支配している者は、まだいない。

「一人で来いとは書いておられなかったと思うが」
「お前の方か、うちに盗みに入った輩は」
「さあ、どうだろうな」

 片方が喋ったかと思えばもう片方が口を開く。
 伯爵は目を細めて二人のジョーカーを見ては薄く笑う。

「あのお嬢さんを返してほしければその男たちを倒してみるがいい。出来ないようなら持ち去った女神像は返してもらおう」

 "女神像"それはあの呼び出しのメッセージに記されていた言葉。
 恨まれる心当たりならありすぎるほどのジョーカーへの、ヒントのつもりだったのだろう。
 そして確かに、彼らはそれをもとにここまで辿り着いた。

「まあ、その時お前たちの命があるかは知らんがな」

 言うと伯爵は再び奥へと姿を消し、代わりとでもいうように男たちが剣、ナイフなどを手に身構えた。緊張感が高まりゆく。
 様子を窺うように男たちを見回したジョーカーの、一人が前へと進み出る。

「……あの娘を攫ってきた奴はこの中にいるのか?」

 金の髪のジョーカーの問いに、一人が嘲り笑う声を上げる。
 他の男より幾分か小柄で、その分だけ身は軽そうだが同時に頭も軽そうである。

「お前がホンモノかァ? ジョーカーはあのガキにご執心のようだと聞いたからなァ」
「――――――お前か」
「そうだ、オレサマだよ!」

 返答を得る前にジョーカーの剣が閃いていた。 が、男もナイフを巧みに操ってそれを弾き、斬り結ぶ。
 もう一方の黒髪のジョーカーは、相棒が勝手に相手を定めて戦い始めたので残る全員に向き合うしかない。

「あのさ、人数的に卑怯だとか思わない?」

 一人抜けたと考えるにしても、三対一。せめて二対一ずつ二人で分けられたらよかったのだが、今の相棒は冷静さに欠けているだろうから、もう一人引き受けてくれるなんてことは期待出来ない。

 男たちは笑う者もいれば表情を変えない者もいて、だが取引に応じることも言葉に惑わされてくれることもなさそうだ。
 ため息を一つ、吐く。そして彼は腰から剣を抜き放った。

「――いいよ。こっちも始めようか」