-ケインとフィオルティン-
フィオルは奥歯を噛み締めた。外で話すのもどうかと思われたので屋敷の自分の部屋に入ったが、今すぐにでも飛び出していきたい気持ちだった。
ジョーカーを呼び出すためにレミが攫われただなんて、
ジョーカーであるケインを憎く思う感情が
抑えられなくなりそうだった。そ
れは向けるべき対象を間違えていると
冷静な頭の片隅で思いながらも、責任は彼にも確かにあり……。
そして自分にも、その一端はあるのだった。
「どうして、レミが」
「……」
親友が、今噂でもちきりの義賊であることは以前から気づいていた。
上手く隠しているつもりなのだろうが、彼はマイペースさ故に時折誤魔化しようのないミスを犯す。
フィオルは人知れず、何度かそのミスを処理、始末してきていた。
……それらを知りながら知らぬふりをしていた。
「あの子は何も関係ないのに……!」
自ら関わることはなかったが、止めることもなく。
その結果がこれだ。
レミは、あの子は、ほとんど屋敷の敷地内から出たことのないような子なのに。
魔導の力を有してはいても身を守る術を知らないのに。
部屋中の物をすべて打ち捨ててしまいたい衝動に駆られた。
妹の存在が兄の生きる意味となっていた。
「……ごめん」
強く発せられたケインの声が、だが震える。
「ごめん、巻き込んで、こんな目に遭わせて、ごめん」
フィオルは気づく。彼もまた憤り、傷ついているのだと。
いや、巻き込んでしまった本人だからこそ、その気持ちは計り知れない。
強く握ったこぶしをフィオルは机上に叩き付けた。
載っていた花瓶の花がざわりと揺れ花弁を散らせる。
机は壊れはしないものの鈍い音をさせて鳴く。
怒りを、感情をあらわにするフィオルに、ケインは彼を見ることが出来ない。
「多分、この間、一緒にいるとこを見られたんだ」
「――――……」
ケインが苦みを吐き出すように言葉にする。
レミに正体がバレた時か、助けてもらった時かは
定かではないが、どちらかの時に見られていたのだろう、と。
打ちのめされた、または盗みに入られた者は彼に
恨みを抱いているはずであったから、
目撃した本人かその情報を買った者の犯行だろう。
だがフィオルにはそんなことはどうでもよかった。
今ここにレミがいない、その事実でいっぱいで。
攫われることになった原因も、そして犯人が誰であれ。
「――心当たりは」
「ある」
「……そうか」
短く頷いたフィオルは立ち上がる。
慌てたケインは自分も椅子を蹴倒しそうになりながら立ち、
思わず視線がぶつかった。
「オレを、責めないのか?」
避けていたはずであるのに目が合ったからにはと
まっすぐ見つめるケイン。
それでもそこに、不安や怯えに似た感情が
見え隠れして見えて。
フィオルは視線を外し、もう一度戻してから、
ごく微かな笑みを浮かべた。
「お前を責められたら楽なんだろうけどな。俺は生憎とそうも出来ない人間なもんで」
――そして彼らは仮面を纏う。