第九話 花への招待状

-ケインとフィオルティン-

「レミがいなくなった……?」

 何を話すでもなく大して言葉も交わさないまま、 それでもいつもの習慣で揃って辿り着いたイレイク家の 門前。二人はそこでその事実を伝えられた。 否、突きつけられた。

「いなくなったってどういうことだ?」

 馬上から降り立ったケインは眉間に皺を刻み、 慌てた様子で報告をしてきた女との距離を詰めた。 彼女はいつもレミの身の回りの世話をしている侍女で、 幾らか年を重ねている見た目通りそれなりの経験を 積んでいるため、侍女長に次ぎ 他の侍女や侍従たちのまとめ役ともいえる人物だった。

 そんな彼女が、血相を変えている。

「お探ししているのですがどうにもお姿が見当たらないのです」
「一体いつから。なんでそんなことになった」
「半刻ほど前までは、確かにお庭でお花をご覧になられていたのですけれど」

 花を眺めて庭を歩く姿が、二人には見えるように浮かぶ。
 それは本当にいつもと変わらない、彼女の日課といえるようなもので。ひとつひとつの花を愛でていたのだろう。

「おかしな様子はなかったんだな?」
「はい。いつも通りのレミエルさまでいらっしゃいました」
「本当に何もなかったのか?」
「ケイン」
「……はい、ございませんでした」

 問い詰めるつもりはないのだが、 ケインはもともと丁寧とも優しいともいえない 口調をしている。そのせいで重ねて問う言葉は まるで責めているようにも聞こえ、 フィオルが咎める響きを含ませ名前を呼んだ。

 侍女は侍女で自分の言葉に間違いはないと言い切るように まっすぐ背を伸ばしてケインと向き合っているが、 身分の差もあれば身長差もあり、身体を固くしていて。
 フィオルは軽く眉根を寄せて口を開いた。

「ケインは顔が怖いからちょっと離れて」
「何だよその変な言いがかり」

 そうは言いながらも自分では話が進まないと、 ケインは五歩ほど離れ屋敷の主であり 彼女の主人であるフィオルにその場を譲った。
 話している間にも、辺り一帯はイレイク家で働いている者が総出で探索をしている。あちらこちらからレミを呼ぶ声、いないと叫ぶ声が聞こえている。

「フィオルさま!」

 屋敷の、門の内側からレミと年の変わらないであろう 下働きの少年が転びつつ走り出てきた。 少年はフィオルの元までくると、 息継ぎする暇も惜しいように何かを掴んでいるらしい こぶしを突き出す。

「これ、が……あの、レミエルさまのお好きな、木のところ、に……っ」

 受け取ったフィオルが目を落とすとそれは一枚の紙切れで。
 レミの好きな木。あの薄紅の花の咲く。 春には一番の彼女のお気に入りの。 おそらく、今日もその木の下にいたのだろうと、 思われる。――そこにあったというそれに記されていたのは、


『花飾りが必要ならば仮面と交換せよ。我、屋敷にて女神像を待つ』


 ジョーカーに、その身柄とレミを交換するために 姿を現せと、言っていると捉えるしかない文面であった。
 つまりは、レミはかどわかされたということで。

 フィオルは顔色を、ケインは声を、失った。