-ケインとフィオルティン-
「レミがいなくなった……?」
何を話すでもなく大して言葉も交わさないまま、
それでもいつもの習慣で揃って辿り着いたイレイク家の
門前。二人はそこでその事実を伝えられた。
否、突きつけられた。
「いなくなったってどういうことだ?」
馬上から降り立ったケインは眉間に皺を刻み、
慌てた様子で報告をしてきた女との距離を詰めた。
彼女はいつもレミの身の回りの世話をしている侍女で、
幾らか年を重ねている見た目通りそれなりの経験を
積んでいるため、侍女長に次ぎ
他の侍女や侍従たちのまとめ役ともいえる人物だった。
そんな彼女が、血相を変えている。
「お探ししているのですがどうにもお姿が見当たらないのです」
「一体いつから。なんでそんなことになった」
「半刻ほど前までは、確かにお庭でお花をご覧になられていたのですけれど」
花を眺めて庭を歩く姿が、二人には見えるように浮かぶ。
それは本当にいつもと変わらない、彼女の日課といえるようなもので。ひとつひとつの花を愛でていたのだろう。
「おかしな様子はなかったんだな?」
「はい。いつも通りのレミエルさまでいらっしゃいました」
「本当に何もなかったのか?」
「ケイン」
「……はい、ございませんでした」
問い詰めるつもりはないのだが、
ケインはもともと丁寧とも優しいともいえない
口調をしている。そのせいで重ねて問う言葉は
まるで責めているようにも聞こえ、
フィオルが咎める響きを含ませ名前を呼んだ。
侍女は侍女で自分の言葉に間違いはないと言い切るように
まっすぐ背を伸ばしてケインと向き合っているが、
身分の差もあれば身長差もあり、身体を固くしていて。
フィオルは軽く眉根を寄せて口を開いた。
「ケインは顔が怖いからちょっと離れて」
「何だよその変な言いがかり」
そうは言いながらも自分では話が進まないと、
ケインは五歩ほど離れ屋敷の主であり
彼女の主人であるフィオルにその場を譲った。
話している間にも、辺り一帯はイレイク家で働いている者が総出で探索をしている。あちらこちらからレミを呼ぶ声、いないと叫ぶ声が聞こえている。
「フィオルさま!」
屋敷の、門の内側からレミと年の変わらないであろう
下働きの少年が転びつつ走り出てきた。
少年はフィオルの元までくると、
息継ぎする暇も惜しいように何かを掴んでいるらしい
こぶしを突き出す。
「これ、が……あの、レミエルさまのお好きな、木のところ、に……っ」
受け取ったフィオルが目を落とすとそれは一枚の紙切れで。
レミの好きな木。あの薄紅の花の咲く。
春には一番の彼女のお気に入りの。
おそらく、今日もその木の下にいたのだろうと、
思われる。――そこにあったというそれに記されていたのは、
『花飾りが必要ならば仮面と交換せよ。我、屋敷にて女神像を待つ』
ジョーカーに、その身柄とレミを交換するために
姿を現せと、言っていると捉えるしかない文面であった。
つまりは、レミはかどわかされたということで。
フィオルは顔色を、ケインは声を、失った。