04 - 硬い眼差し
小さなボートで漂流しているところを
発見された少女はアイシャといった。
気がついたばかりだというのにしっかりとした
意識のもと、自分の置かれている状況などの情報を
求めた。事情があるのか多くを語りはしないが、
それはルカたちも同じこと。
話す必要性が感じられないのもあるが、
様々なことを口にするには互いに信用できる確証が
ないことも事実だった。
気丈なその様子に、近くの港に降ろしてしまっても
平気なのではとの意見も船員側では出ていた。
しかし、少女のあまりに真剣な陰のある表情に、
ルカは問いを口にした。
「ねぇ、この近くに何かあるの?」
もともと客室として一応の体裁を保つことの
できていた、アイシャを拾ってからは彼女が過ごす
場所となった一室で発せられた大雑把な質問。
暇があればそのたび顔を出していたロザリーと
アーヴェルも気にかかっていたのだろう、
心配そうな視線を送っている。
俯きはしないが顔を上げもしないアイシャは無言で、
リークのリンゴをかじる音だけが部屋を支配する。
「アイシャ、オレにも言いたくない……?」
隠しようのない固い瞳をアーヴェルが覗き込む。
自分には少なからず心を開いているとわかっていて、
彼は哀しげな表情を浮かべてみせる。
その効果あってか、アイシャはゆっくりと口を開いた。
「リタと……少々因縁がありまして……」
その名前に、固くなっていく表情の理由に気付く。
リタ――青の国とも呼ばれる王国。
今この船の浮かぶ位置からも近く、
状況説明をする時にもアイシャはその名を耳にしていたのだ。
「リタ? アイシャはリタの人なの?
それとも何か、言えないことがあるの……?」
「――――……」
無邪気な、少なくともアイシャにはそう聞こえる
問いに、返る声はない。
リタの者ならば必ず青いはずの瞳が彼女は違う。
そのことからリタ人でないことはすぐに知れる。
だが本人が口にしたくないのならば。
「言えないなら言わなくていいよ。
入り込まれたくないことに首を突っ込む気はないから」
アーヴェルの頭を軽く撫でながらのルカの言葉に、
ゆっくりアイシャの顔が上げられる。
その、赤褐色の瞳は、今までよりさらにまっすぐに、
澄んで、ルカの青い瞳を映す。
ためらいを含んだ決意の色がそこには見えて。
「リタの隣に位置していた小国シルウェルを
ご存知でしょうか……?」
「シルウェルは先日失われたと聞くけど」
「……ええ。わたくしはシルウェルに縁ある者、
そしてリタに反抗する者なのです」
ルカとリークの視線が交わされる。
ロザリーは口を閉ざしたまま見守り、
アーヴェルはドアの前に駆け寄って陣取る。
船内に敵はないが、話の重さを感じ邪魔を防ぐ
つもりなのだ。いつものこと、
いつからかそれを自分の役目としているようだ。
「シルウェルの者だということはわかった。
が、リタに反抗っていうのは……」
国に対し反抗、というのは穏やかでない。
「……巻き込んでしまうことになるかもしれません」
「いいよそんなの。姫さん拾った時点で覚悟の上さ。な、ルカ?」
「と、いうことだ」
明るいリークの声と表情はどこか場違いなようでいて、
とてもよく空気に馴染む。
アイシャはためらっているのか瞳を揺らし、
深く息を吸い、吐き、きゅっと唇を引き結ぶ。
視線が上がり、凛と声が放たれる。
「わたくしはシルウェル王女、メアリー=ヴァザーリ。
あなた方にお願いしたいことがあります」