「夏祭り行かないのか?」
夕食を終えそのままリビングで小説を読み始めた
早苗に、渚は食器を洗いながら問い掛けた。
早苗は少しズレたメガネを直しながら
カウンター越しの兄を見上げる。
「一緒に行く人いないし」
この近所で毎年行われているらしい夏祭りが、
今年もまた一週間後に行われる。
早苗も何度か兄と参加したことがある。
だが今年は渚は仕事らしく一緒には行けない。
綾菜は家が近い訳ではないから
彼女を誘うのもためらわれる。
「んー、ていうかお前自身は行きたいのか?」
「行きたい! ……ってことはないかなぁ。
でもこんな機会ないと着れないから
浴衣は着たいかなぁ?」
「俺も見たいなぁ、可愛い妹の浴衣姿」
捻られた蛇口から流れ出る水の音に
早苗の苦笑する声が消される。
この兄はどうしてこう恥ずかしげもなく
笑いながらそんなことを言うのだろうか。
昔から親馬鹿ならぬ兄馬鹿と呼べるようなところが
彼にはあったなと、思いながら早苗は再び小説に目を落とす。
その仕草は会話を終える合図となるはずだったのに、
洗い物をしながらも妹の様子を見ているはずの渚は
そうするつもりはないらしい。
「直輝と行けば?」
「部活で忙しいでしょ」
「気にするな」
「するから。普通」
野球部にとって夏はまさに忙しい時期であると、
早苗より渚の方がきっとずっとわかっているだろうに、
いいじゃないかと笑う。
「気分転換だと思って誘えば? デートデート!」
「だから何でもかんでもナオ持ち出したりそういうのやめてってば」
ため息を吐いて小説を閉じ、
手を拭きながらやってくる渚を不満げな目で見つめる。
渚はそれすら可愛いとでも言いたげに
早苗の頭を撫でた。
CLAP*