-ジョーカーとレミエル-
まるで天使か女神のよう――
白む空を背に見上げる姿は眩く、だが間違えようもなく、その少女で。
それでも彼は目を疑った。まさか、と。彼女のはずがないと。
「何がごめん、なの? 誰へのごめん?」
疑っても、淡々と言葉を紡ぎ視線を合わせるのは、やはりレミで。
渇いた喉から声を押し出す。
「なんでまた、こんな時間にこんなとこに……」
だって、日は今、つい今しがた、昇り始めたところで。人々は動き始めているが、職に就いていない彼女はこんな早朝に目覚める必要はないし、身体の弱い彼女はいつもだったら眠りの最中にあるはずで。何より、前回と同様都合よく現れすぎだ。
「今日もね、何かを感じたの。気になって、そうして来てみたら、あなたがいた」
「レミ――――――?」
「きっとあたしは、兄様とケインのことなら、何だって分かってしまうのだわ」
事も無げにそう言うと、レミは細い腕を鎖を結ぶ錠へと伸ばす。白い指でそれへ触れ、表面を撫でた。
身動きが制限されるため彼の目にはその手の動きは捉えられなかったが、見えずとも耳に入る音と気配で分かる。
「無理だ、鍵がなきゃ開けられない。鎖も縄も、レミには切れない」
「平気。じっとしていて」
有無を言わさぬ声音にケインは彼女の瞳を見つめた。
青い瞳。仄かに輝き、冷たい炎のような光が宿る。
「あたしも、兄様のようには扱うことは出来ないけれど、これくらいのことは出来るから」
澄み切った声には普段とは異なる強さが見え隠れし、微かに目を伏せた顔には兄の面影が重なる。
青に、銀のような白のような光の線が浮かび、紋様を描きだす。
「我が瞳、刻まれし契約。この手に集え、力の灯」
視線は錠に注がれ、だがケインの目は不思議な紋の浮かび上がった瞳から逸らせない。
すると小さな金属音がして、鎖の束縛がゆるくなったのを感じた。
「――魔導の、力」
ケインが呟くとレミは頷いて肯定し、小さく微笑みを見せた。
「ちょっと離れてな」
「はい」
巻き付く鎖くらいなら誰にだって解けるのだからレミに外してもらえば簡単なのだろうが、ケインはレミを離れさせて立ち上がった。ずっと座り込まされていたから足元がふらつく。
レミがある程度距離をとったのを確認して、彼は身体を揺り動かして鎖を下へと落とした。
彼女に頼もうものなら素手で触れるしかなく、そうすれば薄い肌に傷がついてしまうかもしれない。ケインのせいで傷なんてつけようものなら、フィオルに何をされるか……。
「瞳の契約、再び奔れ」
足元の鎖の塊を跨いで避け木から身体を離すと、レミが次は縄を切り裂き、ケインは自由の身となった。
夜の闇が完全に逃げ去っていく。
「行こう」
ケインは仮面を外すと手早く纏う布を剥ぎ取り二つを一まとめにして抱えると、二人はその場を後にした。