-ジョーカーとジョーカー-
仮面なんて、本当はあってもなくても同じことだと、思っていた。
捕まる時は捕まるし、運が向いているならいつだって逃げおおせられる。そう、思って。
「何者だ貴様!!」
それでも騎士としての自分、ジョーカーとしての自分、表と裏を分けて生きるための、その象徴としてはいいかもしれないと思った。それにあまり堂々としていては、己はよくても騎士団の仲間や周囲の者に迷惑をかける危険性が高くなる。
――仮面は、偽りと誠の自分を表すもの。
どちらが本当であるかなど、己でさえもわからない。いや、どちらも本当といえばそうなのだろう。
光と闇が混在する。光を焦がれ求める気持ち、闇を親しみある世界と感じる心。
どちらも真実で、すべてが彼を、作り上げていた。
「――――――――ジョーカー」
その黒髪は、暗闇に紛れるのに好都合だった。瞳ばかりが輝いていたが、仮面でその光は幾分抑えられる。
纏う黒の衣を翻すと、彼は窓の外へと身を躍らせた。
暗躍する時間は特定ではない。ただやはり、夜は存在を隠しつつ動くことに適していたから、すべからく、朝昼よりは夕刻から夜、明け方までが多くなっていた。
彼は慣れた足取りで狭い路地を進む。富豪など階級の上位にある者の屋敷と下位の民の暮らす土地とが隣り合う区画。幾度となく、騎士としてもジョーカーとしても足を運んだ場所だけに、薄暗いまだ日の出まで遠いこの時間帯でも惑うことはない。
「――――!?」
不意に明かりが走り抜ける。それが人の持つランプであることはすぐにわかるが、視界の中を幾つも幾つも揺れては通っていく。いつにないほどのその数に彼は眉をひそめた。さすがにパターンを読まれているのかもしれない――。
地位の低い、権力も何もない弱者を守るようにして、圧力をかける者を斬り伏せる。
世の中は何故か、金や地位のある者ばかりを正しいと決め付けるように出来ているから。
それに抗う力となるように剣を振って。
物品を取り上げられた者がいれば、取り返し、本来の持ち主へと返しに走る。
だから、この"権力者"と"弱者"の繋がる道筋を、どれほど往復したかしれない。
ジョーカーの出没場所は時によって様々だったが、何かを奪取した場合に弱者のもとへ向かうのは明らかで、それがこの場となる確率が高いことも確かだった。
「お前が噂のジョーカーか」
野太い声が聞こえ、だがその前に彼は跳び退って距離をとる。
気配を読むことには長けていた。なのに現れた大柄の男は寸前までそれを気取らせなかった。そのことに彼の目は鋭く細くなる。
「だったら?」
光に照らし出されるのは器用に避けていたが、ランプに少し注意を割きすぎていたのだろうか。いや、男がかなりの使い手であるのだろう。その手にも、他よりほの暗い光を灯したランプがあることが、光に惑わされたわけではないことを示していた。
「ドラウプ侯から盗み出した指輪、返してもらおうか」
「何のことかわからないな。弱い者から奪い上げた物だろう」
「噂に違わぬ偽善者め」
男は言い捨てるとランプを投げ捨て剣を一度振ったかと思うと、すぐさま上段から斬り付ける。
ジョーカーもまた剣を抜き放ちそれを受け止めるが、体重の乗った一太刀は重い。
鋭いガラスの砕ける音とともに、視界がほの暗さから暗闇へと、一転した。